「赤の王国」プレストーリー 草薙編

 

 

 

K_BOX_赤の帝国

「赤の王国」アニメイト限定版の書影です!

 

以下は、「赤の王国」発売前の、3週間連続掌編更新企画、一週目は草薙編です。
赤の王国より前の草薙のエピソードになります。


「赤の王国」プレストーリー 草薙編

 

初めてバーHOMRAに足を踏み入れたのは、草薙出雲が小学五年生のときだった。
窓から差し込む明るい日射しに照らされた店内。つやつやに磨かれた木の床とカウンター、座り心地の良さそうな革張りのソファー、シンプルでありながら洒落たインテリアと、外国語で書かれた色んなラベルが貼られたたくさんの酒瓶が並ぶ棚を、草薙はぽかんと口を開けながら見回していた。
「どうだ? 大人の空間は」
「……ええんやないの?」
にやにやしながら聞いてきた叔父・水臣に、草薙は開けっ放しになっていた口を慌てて閉め、少し気取って答えた。
「なんやトクベツな空間って感じするわ」
「そうだろう。バーってのはちょっとした非日常を提供する場所だからな」
「非日常?」
「客は日常を終えた夜に、バーにやってきて酒を飲む。それを飲んでいる間は、客にとってここは現実から離れた場所であり、俺はひとときのスペシャルタイムを提供するマジシャンってわけだ」
「わからん」
「そうかそうか」
水臣は愉快げに笑い、「かわいい甥っ子にカクテルでも作ってやるか」と言ってカウンターの内側に入っていった。
「飲ませてくれるん?」
草薙はちょっとうきうきしながらカウンターチェアによじ登る。水臣は親戚の中で「不良おじさん」という位置づけだったので、子供の草薙にもないしょで酒を飲ませてくれるような気がしたのだ。水臣は様になったウインクを飛ばす。
「ああ。グレープフルーツジュースとクランベリージュースのカクテルだ」
「ジュースやん」
草薙ががっかりして口を尖らせる。水臣は笑った。
「何を言う。バージン・ブリーズという立派な名前がついたカクテルだぞ。ノンアルコールだが」
水臣はシェーカーに氷と二種類のジュースを入れ、手慣れた動作でシェーカーを振った。シャカシャカと軽快な音が二人きりの店内に響く。
ジュースだとバカにしたが、シェーカーを振る水臣の姿は草薙の目に格好良く映った。グラスに氷ごと注がれたそのカクテルは、淡い赤で綺麗だった。
差し出されたグラスに口をつけると、さわやかな香りが鼻を抜ける。
「美味い」
「だろう?」
「俺も作ってみたい」
「ははは。じゃあ今度やってみるか」
草薙はグラスを傾けながら、カウンターの内側の棚を見つめた。たくさんの種類の酒瓶が所狭しと並んでいる。これだけの種類の酒がそれぞれ違う味がして、この叔父はそれを全部知っているのだろうかと思うと不思議な気持ちがした。
「叔父貴は、なんでバーをしよう思たん?」
草薙の素朴な疑問に、水臣は腕組みをして考えるポーズをとった。
「やりたいようにやってたら、ここに行き着いてた……ってとこかな」
ふぅん、と草薙はよくわからないまま相槌を打ち、グラスの残りを飲み干した。
水臣は腕時計に視線を落とす。
「そろそろ父さんたちの用事終わるんじゃないか? ぼちぼち出るか」
「ん」
草薙は両親と一緒に東京に来ており、彼らが仕事関係の知人と会う間、東京の鎮目町に住む叔父に預けられていた。これから両親と合流し、夕食を食べてホテルに戻る。
「京都に戻るの明日だったか」
「うん。叔父貴、正月は京都に来るんか?」
「どうだろうなぁ」
「……まあええわ。俺また遊びに来るし」
「ああ、いつでも来い」
草薙はバーを出る前に、一度店の中を振り返った。名残惜しい気持ちになりながら、背を向ける。
「……また来るわ」

 

 

「叔父貴、朝飯冷蔵庫に入っとるから」
草薙が制服のネクタイを締めながら水臣の寝室をノックして言うと、奥からもぞもぞした物音が聞こえ、ドアが開いた。寝ぼけ顔の水臣が、自分より背が高くなった甥っ子を見上げる。
「出雲、もう春休み終わったのか」
「言うたやん。今日から高3や」
そうかそうか、と水臣はあくびをしながら言い、リビングのソファーに腰を落として新聞を手に取った。
草薙は高校進学を機に東京に出てきて、この叔父のところに世話になっていた。
姿見の前で制服と髪型を整え、鞄を持ち上げる。
「じゃ、行ってくるわ」
「おう行ってこい。新しい友達できるといいな」
小学生に言うようなセリフに草薙は苦笑いし、「ガキか」とつぶやいた。

 

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